劇場の楽屋からはじまる第二篇では、伯爵に化けた大吸血鬼が踊り子に毒針のついた指輪を贈ります。
こうもりの衣装を着けた踊り子が天井から降りてくる舞台を奥に、伯爵のいるボックス席を手前に配した当時として驚異的な奥行きを持った画面が素晴らしいです。
カメラは舞台に寄って、編蟷の羽を広げた踊り子の体がゆるやかに崩れ落ちる瞬間を捉えます。
痙攣する美とはこの場面のためにある言葉でしょう。
第三篇に移り、ミュジドラ扮する女盗賊イルマ・ヴェップが登場します。
どことなく愛嬌を漂わせる目だけくりぬかれた黒頭巾から、全身透けそうな黒絹のタイツまで、黒ずくめのエロティシズム。
フィリップは吸血団の暗号を解読し、イルマが歌うキャバレーに向かいます。
看板を見たフィリップは、イルマ・ヴェップの文字が吸血団のアナグラムであることに気づきます。
ここでアニメーションのテクニックが使われ、「IRMAVEP」の文字が動きだし、「VAMPIRE」に並び変わるのです。
フィリップの視点による鏡のショットの中では、女中に化けたイルマがベッド脇の水の容器を取り替えているのが映ります。
この後、宝物を隠した地図とか、室内から航海中の船を撃沈する大砲や、舞踏会の客を眠らせる催眠ガス、橋から飛び降りた列車上の銃撃戦など、心臓の震えが休まらない展開が続きます。
各篇を追うごとに催眠術師やサタンや化学者や偽イルマが登場し、悪漢たちも敵味方に別れ、諜報戦を繰り広げます。
まだ切り返しショットが発明されていない時期だけに、全景での芝居が多く、アップ・ショットが時折挟まれる位の簡潔なデクパージュがかえって新鮮。
大吸血鬼を閉じ込めたトランクが車から降ろされ、河に落とされる時のロング・ショットの生々しさには、思わず息を飲むばかりです。
『ドラルー』はリアリズムとファンタジー、つまりリュミエールとメリエスの奇跡的な融合です。
パリの屋根の下、怪しい屋敷や路地、フォンテーニュブローの森・・・。
当時の観客は、まるでパリで今まさに犯罪が進行しているような臨場感を味わったことでしょう。
フランス政府は、良俗を乱すという理由で上映禁止の処分にします。
フイヤードは主人公を善玉にすればいいだろうと、刑事を主役に次のシリーズ『ジュデックス』(16)を開始しました。
後年、長らく忘れられていたフイヤードはアンリ・ラングロワによって復活します。
そして、この作品で一躍スターの座を得たミュジドラは、晩年シネマテーク・フランセーズの切符切りをしていたといいます。